樹木希林の最期と内田裕也の動揺、電話での別れと最後の夫婦共演

樹木希林と内田裕也のいびつな夫婦関係は

よく知られたところです。

結婚しておよそ一年半で別居を開始し

樹木さんが亡くなるま43年にも及び続いた。

二人とも個性が強く、

エピソードには事欠かない。

「ロックンロール」を金科玉条に

暴れ回る旦那を最後の最後まで見放すことなく、

きちんと擁護し、

時には焚きつけるような形で

ロックンローラー内田裕也を支えた樹木希林。

そんな樹木さんも昨年(2018年)9月に亡くなってしまった。

そこで今回は、

樹木さんの最晩年に焦点を当てて、

樹木希林と内田裕也の最後の電話や共演について

書いていきたいと思う。

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内田裕也、樹木希林への最後の電話

樹木希林さんが亡くなる前日、

2018年9月14日の深夜のことです。

樹木さんの容態が急変。

慌てた親族は

内田裕也さんに電話をつなぐ。

スピーカーをオンにして、

裕也さんの声が樹木さんに聞こえるようにセットした。

すると、樹木さんの表情に変化が見える。

「おい、俺だ!わかるか?しっかりしろ!」

裕也さんは樹木さんに向かって

「しっかりしろ!」と何度も何度も叫んだ。

裕也が「しっかりしろ!!」と叫ぶ度に、

樹木さんに反応があったという。

(出典:『デイリー』

薄れゆく意識の中で

最愛の人の声を聞いて安心した希林さん。

その電話を終えてからほどなくして、

家族に看取られながら、

息を引き取ったという。

ただそこに愛する内田裕也の姿はなかった。

生前から、

自宅であの世にいきたいといっていた樹木さん。

退院して自宅に戻ったその日の深夜のことでした。

樹木希林と内田裕也の最後の共演

この画像は、

「京都国際映画祭」(よしもと祇園花月)で特別上映された

『転がる魂・内田裕也 ザ・ノンフィクション』

の舞台挨拶の際の裕也さん。

昨年(2018年)の10月14日のことです。

樹木さんが亡くなられてから、

あまりのショックでコメントもできないほど、

元気を失っていたという裕也さんが、

こういった形で、

外に出て私たちに姿を見せてくれたのは嬉しいことです。

映画は、

昨年暮れに45回目を迎えた

「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」に

取り組む内田の1年間に密着。

さらに波乱に満ちたロック人生を振り返ったもの。

内田の日常に、

40年来の親交がある崔洋一(サイヨウイチ)監督(69)が迫り、

内田と希林さんの最後の“共演”が実現した。

(出典:『スポニチアネックス』

「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」は、

裕也さんのライフワークともいうべき仕事の一つです。

 
 
 
 
 
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HAPPY NEW YEAR! 新年は内田裕也のニューイヤーロックフェスで迎えました!最高! 何度か行ったことあるけど、今回は伝説を観たんじゃないかってくらいヤバかった。#シナロケ からのカウントダウン、そして #内田裕也 の渾身のパフォーマンス。カッコ良すぎる #陣内孝則 神セトリの #頭脳警察 に #カイキゲッショク と #鮎川誠 のジョニーBグッドとか見どころありまくり!本当に行ってよかった!ロックンロール謝謝!思わずジムビームのミニボトル、1本空けちゃったじゃないか(^o^; #nywrf

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いわゆるロックの「夏フェス」の走りのようなもので、

裕也さんが最も力を入れている仕事

と言ってもいいのではないでしょうか。

内田裕也というとヒット曲もないくせに

なんでロック界の重鎮面してんの?

みたいなことを言う方もいるようです。

この今回で46回目を迎えた

「ニューイヤーズワールドロックフェスティバル」

など内田裕也さんは、

直接目には見えぬプロデューサーとしての

活動が多いからです。

陰に日向にロック音楽の普及に努めた

日本最大とも言うべき功績者です。

ロックという音楽が全く存在しなかった日本に

ロックを植え付け広めた功績者として

内田裕也の存在は不動のものといえますし、

ロック界の重鎮なのです。

話をドキュメントに戻します。

その崔洋一さんによるドキュメントのなかで、

裕也さんと樹木さんは、

最後の共演をされたわけです。

樹木さんはナレーションとして登場したのです。

樹木さんはこのお仕事をされた際に、

監督の崔洋一さんに、

私の最後のナレーションになるということを

伝えていたそうです。

裕也さんは舞台挨拶の中で、

「先日他界しました樹木希林さんが

解説(ナレーション)をしてました。

ちょっと動揺を隠せませんでしたけど、

一緒にスクリーンを見てくれてうれしかった」

(出典:『スポニチアネックス』

と言われたそうです。

樹木希林の最後のナレーションの仕事が、

自分のドキュメンタリー。

裕也さんは、

最後に共演できたことをうれしく思っていることは、

間違いないでしょうね。

共演できてほんと良かったですね。

樹木さんが亡くなられた直後は、

かなり動揺されて元気を失っているように

思われた裕也さんさん

この日の舞台挨拶の中では、

「今日、ちょっと声が出にくい状態ですが、

一杯飲めば治ると思う」と裕也節も飛び出した。

といった様子で、

元気になってきたようです。

関係者からは、

車イスなしでも歩けるのでは?

というコメントもあったようで、

ファンから求められるサインにも気さくに応じたといいます。

いずれにせよ、一安心です。

「裕也さんに会いたい」

 
 
 
 
 
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2018年の8月、

樹木希林は左大腿骨を骨折して入院することになる。

亡くなるひと月ほど前のことだった。

希林さんはその入院中に、

裕也さんに会いたい

(出典:『サンスポ』

と毎晩言っていたそうです。

残念ながらその願いは叶わぬまま

樹木さんはなくなられたようです。

43年も離れて暮らし、

誰もがそのうち離婚すると思っていたが、

最後の最後まで夫婦として

時にいびつながらも愛し合った樹木希林と内田裕也。

この樹木さんの「裕也さんに会いたい」

という切実な想いが叶わなかったのは

ちょっと切ない気もします。

周囲にはわからぬ愛を45年もつらぬいて

 
 
 
 
 
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ようこちみさん(@yokochimi)がシェアした投稿

樹木希林が亡くなり、

無言の対面を果たした内田裕也は、

こう言ったという。

「裕也さんが樹木さんをみて、

『きれいだ、きれいだ』

『昔から美人だと思っていたんだよ』と言っていました」

(出典:『産経ニュース』

2018年9月17日に行われた家族葬の際には

あまりのショックで

一切言葉を発することのできなかった内田裕也。

その後まもなくの20日に裕也さんはこうコメントを出している。

最期は穏やかで綺麗な顔でした。

啓子 今までありがとう。

人を助け 人のために祈り 人に尽くしてきたので 

天国に召されると思う。

おつかれ様。安らかに眠ってください。

見事な女性でした。

内田裕也

平成30年9月20日

(出典:『サンスポ』

周囲の人間にはわかりにくいのですが、

お互いのことを尊敬し深く愛し合っていたのです。

本当に愛のかたちは様々です。

  *

最後に樹木希林さんのご冥福と

合わせて内田裕也さんの健康と今後のご活躍を

お祈りいたします。

最後までお読み頂き

ありがとうございました。

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