周囲にはわからぬ情のやりとりを45年、樹木希林と内田裕也の関係

今回は女優の樹木希林さんと

その旦那の内田裕也さんの

不思議な関係についてです。

樹木希林さんはさ昨年(2018年)9月

残念ながら亡くなられてしまいました。

樹木さんが亡くなるまで43年にも及び

別居生活が続きましたが、

樹木希林さんと内田裕也さんは

離婚という選択をしませんでした。

夫婦のあり方や愛のかたちは様々で、

たとえおかしく思えたにしても

外部の人間がとやかく言うことでは

もちろんありません。

ですが、結婚して2年足らずで別居が始まり

それから43年にも及ぶ

別居を続けたにも関わらず、

離婚に至らなかったというのは

ちょっと尋常には思えません。

そんな類(たぐ)いまれな

樹木希林と内田裕也の関係は

どのようなものであったのか

出会いからあの共演CMまで

迫ってゆきたいと思います!

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樹木希林と内田裕也の関係① 出会い・馴れ初め

 
 
 
 
 
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樹木希林さんと内田裕也さんの出会いは

どんなものだったのでしょうか?

 樹木さんと内田さんが結婚したのは、

1973年のことである。

内田さんの友人だった故・かまやつひろしさんと、

樹木さんがドラマで共演したのが縁の始まりで、

初デートの翌日に内田さんがプロポーズしたという

超スピード婚だった。

間もなく別居するが、

2人は最後まで「夫婦」であり続けた。

(出典:『livedoor NEWS』

なんとあのミュージシャンの

ムッシュかまやつさんが、

二人のキューピッド役の可能性があるようで、

これが樹木希林と内田裕也の

馴れ初めとなるようです。

ムッシュさんと樹木希林さんが共演したドラマは、

TBSテレビの銭湯を取り巻く人気ホームドラマ

『時間ですよ』です。

樹木希林さんは銭湯の従業員役として出演。

『時間ですよ』は、

毎回女性の入浴シーンがあったことで

人気があったようです。

ちなみにムッシュかまやつさんの

いとこの子供が、

森山直太朗さんです。

それにしても内田裕也さん、

初デートの翌日にプロポーズするとは、

さすが「ロッケンローラー」ですね。

プロポーズは出会った翌日とのことでしたが、

実際に樹木希林さんと内田裕也さんが

結婚したのは、

どうも出会ってから5ヶ月後のようです。

それでも速いですね。

樹木希林と内田裕也の関係② 結婚式

樹木さんと裕也さんの結婚式は

どのようなものだったのでしょうか?

樹木希林さんと内田裕也さんは、

築地本願寺で結婚式を挙げました。

結婚時の服装はなんと、

お二人ともジーパン姿だったそうです

(出典:『エントピ』

築地本願寺でジーパン!

「普通」はそれなりの正装をしますよね。

さすがロッケンローラーといったかんじですね。

それにしてもそれを受け入れる樹木希林さんも

負けず劣らずファンキーですね。

しかも婚姻届ですが、

内田裕也さんは一切何も書いておらず、

樹木さんが自分で全部書いて、

ハンコを押して提出したそうです。

ほんとファンキーなお二人です。

内田裕也さんは

樹木希林さんと結婚する際に

こう名言を吐いたという。

俺も彼女も普通の人とは

結婚できない。

その2人が出会えたことを

神様に感謝したい。

(出典:『BIGLOBEニュース』

確かに普通ではありません(失礼!)。

神が奇跡を起こしたともいうべき

出会いであったとも言えます。

二人が出会い恋に落ちなかったら、

当然お二人の仕事は

全く違ったものになったでしょう。

樹木希林と内田裕也の関係③ 別居

結婚式の話題に触れたばかりなのに、

もう別居の話をしなければなりません。

というのも、

結婚から一年半ほどで、

内田裕也さんが家を出てしまったからです。

それ以来、

43年にも及び、

樹木希林さんが亡くなるまで

別居がつづくことになるのです。

樹木希林と内田裕也の関係が

いかに「普通」ではないかよくわかります。

別居が始まったのは、

長女の也哉子(ヤヤコ)さんが

生まれる前です。

気になるそもそもの別居原因ですが、

どうも調べてもあまりはっきりしたことは、

わかりません。

しかし、

内田裕也さんによる

樹木希林さんへのDVが

それはそれはひどかったようで、

それが別居の原因になったのではないか

と思われます。

1973年の結婚当初から、

内田裕也さんのDV行為は始まっていたようですが、

樹木希林さんもそれに屈することなく

応戦していたといわれています。

なんと、

それが毎晩のことであったようです。

2011年5月に

内田裕也さんが住居侵入と強要未遂の容疑で

逮捕された際に開いた会見で

樹木希林さんはこのように発言されています。

「暴力が毎晩でしたからね。

(中略)

近所の金物屋に

包丁をどのくらい買いに行ったかわからない

(出典:『NEWSポストセブン』

なんとも物騒な話ですが、

樹木さんと内田さんの同居時代は、

そんな暴力的な日々であったようです。

「樹木さんはいきなり頬を

平手打ちされることも

よくあったようです。

何がきっかけで内田さんが怒るのか

わからないから、

常にケンカが絶えなかった。

ひどいときは、

樹木さんの肋骨にひびがはいって、

病院通いを余儀なくされたこともあったようです」

(出典:『NEWSポストセブン』

といった芸能関係者の発言も

残っているくらいです。

本当に命を落とされるようなことが

なくて幸いです。

樹木希林さんは渋谷警察署に相談し、

何かあったらすぐに来てもらえるように登録

(出典:『エントピ』

されていたようです。

本当に大変な日々だったことがうかがえますね。

やりたい放題の内田に対して、

樹木も負けじとやり返す。

当時普通だった大きくて重たい

黒電話の受話器で殴って、

内田と“流血戦”になったこともあった。

(出典:『NEWSポストセブン』

今の若い方はもうご存じではないと思いますが、

昔の電話はダイヤルを回してかける、

黒一色のいわゆる黒電話でした。

重さは約2㎏。

そんなものまで登場するほどの激しさだったとは。

本当かどうかわかりませんが、

あまりにも毎晩激しくやり合うので、

樹木希林さんたちの下の階に住んでいた

マンションの住人が

引っ越しをしたなんていう話も残っています。

本当に樹木希林と内田裕也は

一筋縄ではいかぬ関係です。

また、

2016年に黒柳徹子さんがMCをつとめた特番に、

内田さんと樹木さんが

そろって出演というかなりレアなことが

あったようですが、

その際、樹木さんはこう言ったそうです。

寝ているときは無防備だから刺せる。

とっくにどっちかが刺されていておかしくない

(出典:『ザテレビジョン』

信じられないような世界ですが、

樹木希林と内田裕也にとっては、

それが日常だったようです。

ほんとおそろしい関係です。

樹木希林と内田裕也の関係④ 子供

 
 
 
 
 
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昔のDM? 素敵な家族写真📷出てきた #本木雅弘 #内田也哉子 #家族写真 #シェゲナベイベー

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結婚して一年半ほどで

別居したおふたりですが、

その別居を始めた際(1975年4月頃)には、

まだお子さんはいませんでした。

娘の也哉子(ヤヤコ)さんが生まれたのは、

1976年2月のことです。

別居後、

全く会わなかったわけではなく、

月に一回程度は会っていたようですが、

そんなさなかに生まれた也哉子さんであったため、

内田裕也さんは、

本当にオレの子か?

(出典:『NEWSポストセブン』

と聞いたというひどい話も残っています。

内田也哉子さんは、

樹木希林さんと内田裕也さん

との間に生まれた一人娘です。

エッセイスト・女優・歌手として活動されています。

也哉子さんのお子さんは、

旦那様である本木雅弘さんとの間に

三人います。

左が1997年生まれの長男の雅樂(うた)さん。

「UTA」名義でモデルデビューしている。

真ん中が2010年生まれの玄兎(げんと)くん。

右が1999年生まれの長女で

女優の伽羅(きゃら)さん。

みなパンチのある名前ですね。

さて、也哉子さんは、

都内のインターナショナルスクールに入学し、

9歳の時1年間ニューヨークへホームステイの後、

都立高校2年で再び、

スイス、ジュネーブのインターナショナルスクールへ留学。

(出典:『NAVERまとめ』

といったプロフィールからもわかりますように、

海外生活も豊富で、

国際感覚の豊かな教育を受けていたようです。

留学中は、

アートを専攻し、写真やコラージュ制作などに熱中。

(出典:『NAVERまとめ』

されていたようで、

学生時代は、

海外を転々とされていたようです。

この海外暮らしで培ったであろう語学力が、

旦那様である本木雅弘さんとの

馴れ初めにつながってゆきます。

本木雅弘さんが、

海外の映画賞を受賞する際に、

若干16歳の内田也哉子さんが通訳として

同行することになったのです。

どうやらその際に、

本木雅弘さんがが也哉子さんことを

気に入ってしまったようですね。

この出会いがきっかけで、

本木さんはまだ16歳の也哉子さんと

手紙をやりとりするなど

ひたむきにアプローチし、

也哉子さんが17歳の時に

このようにプロポーズをされたそうです。

私には白髪のあなたが想像できるし、

そういうあなたが愛おしいと思える気がする。

今すぐじゃなくても、

いつか結婚という選択肢が現れたとき、

私もそこに入れてください」

(出典:『エントピ』

ずーっと遠くの未来まで見すえた、

なんとも心あたたまる素敵な言葉ですね。

その後、

内田也哉子さんと本木雅弘さんは、

1995年に結婚されています。

プロポーズから一年と少しくらいでしょうか。

なお本木雅弘さんは、

樹木希林さんの内田家を残したい

という思いを受け入れて、

婿養子に入られています。

ですので本名は、内田雅弘となります。

樹木希林と内田裕也の関係⑤ 離婚裁判

 
 
 
 
 
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さて、

別居をしたからといって、

樹木希林さんにとって、

また内田裕也さんにとっても、

平穏無事な日々が訪れたわけでは

ありませんでした。

樹木希林と内田裕也は

「普通」ではない関係ですからね。

内田裕也さんは、

本当にエピソードに満ちあふれた方で、

いろいろな事件ともいうべきことを

引き起こしています。

 
 
 
 
 
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実際に逮捕歴も一回どころではありません。

三回です!

1977年9月大麻取締法違反

1983年6月銃刀法違反(ウドー音楽事務所に包丁を持って押し入り)

2011年5月強要未遂及び住居侵入の疑いで逮捕(当時交際中の女性から別れ話が出て)

内田裕也さんのエピソードなどの詳細は、

また別の機会にぜひまとめたいと思いますが、

樹木希林さんとの関係で、

触れないわけにいかないものがありますので、

それについて書いてゆきたいと思います。

離婚裁判です。

1981年3月12日、

樹木さん(当時38歳)は、

夫のマネジャーから

驚愕の事実を告げられました。

夫の内田さん(当時41歳)が離婚届を出し、

ハワイに旅立ったというのです。

樹木さんにとっては寝耳に水…

サインをした覚えもありませんでした。

翌日、

朝9時の区役所開庁とともに確認すると、

確かに離婚届が提出されていたのです。

勝手に名前が書き込まれて三文判が押されていました。

(出典:『GOSSIP-HISTORY』

婚姻届は、

裕也さんは一切何も書かず、

樹木さんが全部書いて出したことは

先ほど書きましたが、

今回はその逆のことを

裕也さんがしたわけですが、

いやぁ、

なんといいますか、

常識では考えられないような行動ですね。

ほんとぶっ飛んでます。

樹木さんは急きょ記者会見を開きます。

かねて夫の浮気や暴力が報じられて2人は別居中…

それでも60人の報道陣の前で樹木さんは

「伏して、頭を下げて、大恥かいても、もう一度戻ってきて欲しい」

と愛情を込めて切々と訴えました。

(出典:『GOSSIP-HISTORY』

壮絶な日々を送りながらも、

樹木さんは頑(かたく)なに離婚を受け入れなかったわけです。

ところが。

ハワイに行っていた内田さんは23日に帰国…

「女として愛せないところがある。

不自然な生活にピリオドを打ちたかった」

と語り、

離婚届撤回の意思はないと断言したのです。

内田さんはこの時、

樹木さんが夫婦共通の友人である

テレビプロデューサーのスキャンダルを

公にしたことや、

無断で娘の写真を雑誌に公開したこと

などについて怒っていました。

(出典:『GOSSIP-HISTORY』

対する裕也さんには、

樹木さんの切々たる想いは

届かなかったようです。

そして、

この件は「離婚届の無効」を

樹木さん側が訴え訴訟にまで発展…

5月から調停手続きが始まり、

主張は平行線のままでしたが、

2回の調停を経て正式裁判になり、

翌年の東京地裁で離婚届無効の判決が出て

別居婚は継続されたのです。

(出典:『GOSSIP-HISTORY』

結局裁判にまでなってしまいますが、

内田裕也さんによる

離婚届の提出は無効となり、

別居婚を継続することになります。

このようなことがあっても、

離婚という選択をしない樹木希林さん。

相当な想いがなければ

できることではないでしょう。

そういえば、

裁判時の逸話になりますが、

その際の裁判官が樹木さんに向かって、

あんなに(裕也さんが)嫌がっているんだから別れてあげなさいよ

(出典:『産経ニュース』

と言い放ったらしいです。

時代のなせる技だったのか、

裕也さんの拒絶が恐ろしかったのか、

たまたまその裁判官の人柄に

よるものだったのか、

背景はよくわかりませんが、

すごいこと言ってますね。

それにしても

樹木希林と内田裕也の関係は強烈です。

樹木希林と内田裕也の関係⑥ 共演CM『ゼクシィ』

 
 
 
 
 
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・ ゼクシィのCMのなかで 一番好きだった。 ステキです♡ ・ ・ #樹木希林 #内田裕也 #ゼクシィ #家族になろうよ

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今まで見てきましたように、

「普通」ではない関係の夫婦ですので、

同じ芸能界にあっても、

共演するようなことはほとんどありませんでした。

しかし、

そんななかでもひときわ

人々の心に残る共演がありました。

ご記憶の方もおおいであろう、

「ゼクシィ」の共演CMです。

結婚39年目だった2011年4月には

リクルートの結婚情報誌「ゼクシィ」のCMに

夫婦そろって出演。

ともに黒い和服姿の2人が少し離れて座り、

福山雅治(49)の歌うCMソング「家族になろうよ」

の優しいメロディにのせて樹木さんが

「結婚のいいところって何でしょうね」

と語りかける。

そして、

内田が

「ロッケンロール!」

と叫ぶ姿に

「こればっかり」と樹木さんが答えるシーンは

ユーモラスながら温かい雰囲気で

当時多くの反響を呼んだ。

(出典:『スポニチアネックス』

ほんと不思議な温かさに包まれたCMでした。

樹木希林と内田裕也といえば?

と問われたならば、

私は破天荒というイメージと共に、

今も鮮やかにこのCMがよみがえってきます。

樹木さんの問いかけと、

内田さんの「ノーコメント!」

あるいは「ロッケンロール!」

という受けこたえだけ。

というシンプルなやりとりの中に、

なんとも言えない夫婦であることの

喜びのようなものが感じられます。

見る人が行間を読むことで

成立するようなCMでしたね。

福山雅治さんの歌も

ほんとによくマッチしていて

よかったですよね。

7年前のそのCMを覚えている人も多いようで、

ネット上には様々な声が。

「訃報を聞いて、このCMが頭に浮かんだ」

「ゼクシィのCM素敵だったなぁ」

「これ以上の夫婦はどこを探してもいない」

などと樹木さんの死を悼む声が相次いだ。

(出典:『スポニチアネックス』

樹木希林さんが亡くなられた際、

ネット上にも多く、

このような意見が飛びかったようです。

樹木希林と内田裕也。

本当に不思議な関係というほかない

あり方の二人。

破天荒でどうしようもない関係としか

いいようがないのに、

でもなんか素敵な二人に

思えてしまうんですよね。

ほんと不思議な関係です。

内田裕也は

日本中を温かな気持ちにさせた

このCMの放映最終日に逮捕されるという

とんでもないことをやらかしている。

クライアントのゼクシィからは

内田裕也の逮捕がCMの放映最終日だったこともあり

おとがめ無しだったという。

その後、お詫びも兼ねてなのか

樹木希林さんが1人で「ゼクシィ」のCMに出演。

もはやなんと言っていいのか…。

まとめ

さて、世にまれな関係の

樹木希林さんと内田裕也さんについて

見てきました。

この二人の関係は、

なんとまとめたらいいのか

わからなくなるほどです。

娘婿の本木雅弘さんは、

樹木さんが亡くなられてからの

インタビューで、こう答えています。

間近で樹木さんと内田の夫婦関係を

見ていた本木は

ダイヤモンドの原石のような計り知れない純粋さ。二人しかわからないような情の通い方をしている関係

と表現すると、

也哉子が

「存在を認められていないのかと思うときもあったが、こうした夫婦の姿を見て、安心できた

と話していたというエピソードを明かした。

(出典:『シネマトゥデイ』

実の娘ですら「存在を認められていないのか」と思うほど、

樹木希林と内田裕也は

二人だけの独自の世界に没入していたということでしょうか。

周りには理解できなくても

二人は正気で愛し合っていたのでしょう。

確かに、本木さんが言うように、

樹木希林と内田裕也の関係は、

周りの人間が想像をめぐらして無理矢理

理解しようとしたところで

無駄だという印象を受けます。

也哉子さんが

実の両親のあり方を見て

「安心できた」と言っているのは、

この一言だけでは正確な意味は

わかりません。

激しく憎みったり愛しあったり

自由奔放で破天荒な関係であった

樹木希林と内田裕也。

それでも夫婦であり続けた父と母の姿から

「何が起きたって大丈夫」

という大きな安心を得たのかもしれない。

上記Twitterにおける取材のコメントを文字起こしします。

あのー、おこがましいんですけど、

ものごとにはやっぱり表と裏があって、

どんなに不幸なものに出会っても、

どこかに灯りが見えるものだというふうに思っている。

もちろん幸せがずっと続くものでもないから

何か行き詰ったときに行き詰った場所だけ見ないで

ちょっとこう、後ろ側から見てみるという

そのゆとりさえあれば

そんなに人生捨てたもんじゃないなというふうに

今頃になって思っていますので

どうぞ物事を面白く受けとって、愉快に生きて

お互いっていうとおこがましいけど

そんなふうに思っています。

あんまりがんばらないで、でもへこたれないで。

也哉子さんが

父と母のあり方から感じた「安心」は、

こんな樹木さんの言葉とも繋がっているように

思えてならない。

   *

最後に樹木希林さんのご冥福をお祈りいたします。

また、内田裕也さんの健康と今後のご活躍も

合わせてお祈りさせて頂きます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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