笑える伝説だけじゃない!加藤一二三が教えてくれる強く生きるコツ

今回は、

ひふみんこと、

将棋棋士(2017年6月現役引退)の加藤一二三さんについてです。

テレビでもすっかりおなじみで

大人気のひふみんですが、

ほんとうに天才伝説というほかない、

エピソードに満ちあふれたお方で、

そのどれもが、

なんともおかしくて爆笑してしまいます。

そしてなんだかじんわりと幸せになるかのような

あたたかさがあるから不思議です。

それにひふみんの姿、

とくにあの笑顔をみるだけでも、

なんだか元気になったり勇気がわいてきたりしませんか。

ひふみんというと

思わず笑っちゃうような伝説が有名ですが、

それはひふみんからすれば、

たまたま生まれた副産物に過ぎないと思います。

その伝説エピソードが生まれる背景には、

将棋の世界への

極度の集中があったのではないかと私は思います。

集中の果てに、

他人がどう思うかなんてことは

気にならなくなった。

大事なのは、

棋士として勝負に勝つこと。

その強すぎる思いの果てに、

数々の非常識が生まれ、

それが見るものを笑いの世界へといざなうのでは

ないでしょうか。

プロとしての誇り、

勝負師としての哲学や生き方

そういったものから、

私たちが学べるものもあるに違いありません。

ひふみんの爆笑伝説とともに

加藤一二三さんの生き様を見てみましょう。

天才!加藤一二三(ひふみん)伝説

数え切れないほどの伝説をもつひふみん。

ほんの少しだけご紹介します。

「あと何分?」

長考で有名だったひふみん

一手打つために2日にまたがって

7時間連続で考えていたこともあるとか。

将棋の世界では、

公平性を期すため持ち時間というルールがある。

時間をかけて考えれば考えるほど自分の持ち時間は減っていく。

ひふみんは、

長く考えることで有名だった。

最終的には持ち時間を失い、

「あと1分」しか持ち時間がないことがしばしば。

そうなってしまうと、

考える時間はなく、

とにかく1分以内で指し続けるしかない。

このことを「1分将棋」といい、

ひふみんは、

この「1分将棋の神様」と言われた。

こんな話が残っている。

(ひふみんの)口癖は「あと何分?」、

秒読みに入っても「あと何分?」

「あと何分?」

「1分です」

「あと何分?」

「1分です」

「あと何分?」

「1分です」

「あと何分?」

ついにキレた記録係。

1分だよ!」 、

記録係「20秒、1、2、3」

「あと何分?」

「もうありません」

これには、

解説の森内氏も大爆笑した。

そのほかにも、

「あと何分」に関しては、

こんなネタではなくエピソードが。

テレビ東京の30秒将棋に出場したときも「あと何分?」

他人の対局でも「あと何分?」

立会人でも「あと何分?」

解説に出てきても「あと何分?」

さすが神様だけあって、

持ち時間が1分しかないのに、

トイレに行ったこともあるという。

(↑どうやって?)

将棋だけでなくみかんの大食いも競う

十段戦で、

米長とのミカン食い決戦、

「おやつは何にされますか」

という係の者の問いに

 
ひふみん「あっ!ええ!ミカンをお願いします!皿に一杯で!ハイ!」 
 

米長「加藤さんと同じものを。量は加藤さんのより多くしてね」 

ここから伝説のミカン合戦スタート。時間にして2時間以上、

指し手も適当にミカンを食べる。

記録 係が「ミカン臭くて死にそうです」と助けを求める。

ミカン合戦に負けた米長が勝負にも負ける。

ひふみんとしては、

みかんを食べることをやめたら

負ける確信していたに違いないですね。

豪快な食べっぷりの加藤一二三十段

加藤一二三十段と表現されていると、

何段なのかよくわかりませんね。

1230段にも見えます。

さて。

ひふみんの食にまつわるエピソードは半端ないです。

こんな感じです。

昼食はどうしましょうと尋ねられて、

「トースト8枚に2倍のオムレツ、それにホットミルク、ミックスジュース、コーンスープ、飲み物は全部2杯ずつね」

対局の夕食には、

カキフライ定食とチキンカツ定食をダブル注文して対戦相手をビビらせる。

王位戦の昼食に、

「すしにトマトジュース、それにオレンジジュースとホットミルク、天ざる」 
 を注文。

三時には「メロンにスイカ、ホットミルク三杯にケーキ、モモ」を注文 

羽生さんと対局中、

1分間でみかん三個という記録もあるそうです。

羽生さん唖然。

それ以外にも。

対局中に板チョコを食べることが多かったらしいが、

それを割って食べるのではなく、

5枚ぐらい重ねてバリッと食べたこともあるらしい。

板チョコは一度に10枚くらい食べていたとか。

カルピスをリッター単位で魔法瓶に作らせて、

一気に飲み干す。

コーラ飲み過ぎて対局中にゲップ。

対局の途中に突然ハチミツをなめだす。

対局中の食事はうな重が多かった。

うな重と決めたら昼も夜も翌日もうな重で、

30年くらい続けたようです。

スティーブ・ジョブズが同じ服を着続けて、

余計な決断に時間を使わなかったのと同じ戦略と思われる。

猫が好きすぎて

猫好きで有名なひふみん

街中で猫と話をしていたなんていうエピソードも。

そんなひふみん

自宅のある集合住宅のなかで野良猫に餌付けをして、

同住宅に住む住民たちに悪臭などを理由に訴えられ敗訴。

慰謝料約200万円払ったこともある。

長すぎるネクタイ

チョンチョン

ひふみんは駒をいじるクセがあったという。

対局中には自分の駒はおろか、

相手の駒までチョンチョンする。

あまりにチョンチョンしすぎで、

相手が怒ったことがある。

対局が終わった後もチョンチョンしてる。

感想戦でもチョンチョンしてる。

ネットの指導対局でもマウスポインタで相手の駒をチョンチョンする。

そのほかにもたくさん伝説はありますが、

このへんで。

さてガラッと雰囲気を変えまして、

笑えるだけじゃない、

ひふみんの本当の凄さにせまってゆきます。

加藤一二三「敗北」の哲学

長いこと将棋棋士として活躍した加藤一二三。

現役勤続年数は、

歴代一位の62年10ヶ月。

史上初の中学生棋士であり、

史上最年少の棋士(14歳7ヶ月)でもあったひふみん

その史上最年少の記録は、

あの藤井聡太さん(14歳2ヶ月)が現れて、

塗りかえられた。

その記録は破られたが、

そのほかにも歴代一位の記録は多い。

特に、

負けっぷりも素晴らしく、

なんと1180敗にも及ぶ。

もちろん負けてばかりでなく通算1324勝もしている。

どちらも途方もない数字である。

しかし、

ひふみんのこの1180敗という数字は、

将棋の世界では賞賛されている。

勝負の世界で、

「負け」がクローズアップされることは、

あまりないだろう。

たしかにこの世には美しい敗北もなくはない。

しかし

勝つことが賞賛されるのは、

この世の常(つね)。

にもかかわらず、

ひふみんの負けが讃えらるにのには、

理由がある。

その事情は、

プロとして、

1年で将棋を指す数を聞けば、

どれほどすごいことなのかうなずける。

そのことをこう解説してくれた人がいる。

そういえば、

加藤一二三が平成19年、

1000敗を記録して話題となった。

そんな記録があるなんて思いもしなかったが、

考えてみるとこれは空前絶後の大記録である。

というのも、

勝ち星は伸ばせても、

年間の負け数は、

一定数以上増えないからだ。

年間に出場できるのは、

およそ十棋戦。

順位戦以外の予選はトーナメント方式だから、

普通は一棋戦につき一つしか負け星がない。

予選を勝ち上がり、

リーグ戦に入り、

さらにタイトル戦に出れば、

対局が多くなり、

負け星が増えるが、

それは簡単なことではない。

順位戦は10局あるから10敗もできるが、

そんなに負けると、

現役を長く続けられない。

だから好調な年でも、

年間20敗するのは容易ではないが、

それを50年間続けて1000敗である。

(河口俊彦『盤上の人生 盤外の勝負』)

将棋の世界がこうなっているとは知らなかったが、

年間にたった10回しか戦いのチャンスがないのだ。

そのなかで、

勝ちっぱなしでも当然負けの数は増えないし、

負けっぱなしだと現役の続行ができない。

ひふみんは結果的には、

平均すると年間20敗していたことになる。

しかし、

約63年にも及び、

現役として勝負の世界に身を置くことができた。

その辺の事情を、

ひふみんは自らこう言っている。

私(ひふみん)は何度も何度も負けてきた……

しかし私は、

けっして挫(くじ)けることはありませんでした。

『負けました』

と頭を下げても、

そこから出直して、

再び闘志を燃え上がらせ、

真摯(しんし)に将棋を指し続けたのです」

決してくじけなかったというひふみん

これだけ負けてくると、

気が弱ったり

嫌になったり、

ストレスで病気になったり、

自己管理も難しくなりそうだが、

ひふみんは、

闘志を失ったことはなかった。

ひふみんにはこんな記録もある。

現役63年近くにもなる超長期間であるにも関わらず、

不戦敗が一度もないという。

これは、

強靱(きょうじん)な心と体なくして

なし得ることではないことはいうまでもない。

世の中の人々が嫌がりがちな

敗戦というものから、

ひふみんは多くのものを得ていたに違いない。

こんな言葉がある。

加藤九段は

「敗戦を経験し受け入れることで確実に強くなれる」と説き、

「大切なのは、いかなる逆境の中、

挫折感や敗北感に打ちひしがれるようなことに

出くわしたとしても、

けっして『希望』を捨てない不撓不屈の精神」

なのだと強調している。

どのような逆境にあっても屈せず、

何らかの希望を見いだそうとする精神。

ひふみんは、

「負け」という

こころよくない現象に溺(おぼ)れることはなかった。

「残念なことに、

世の中には一時的な『負け』を引きずり、

成功の一歩手前で

あきらめてしまう人がとても多いように感じます。

しかし、

それこそが『真の敗北』なのではないでしょうか」

勝負事は、

当然、

勝ちもすれば、

負けもする。

たった一度の失敗(敗戦)であきらめしまったようなことは、

私自身も何度もある。

特に失敗を重ねてしまうとなおさらのこと。

私はなにかちょっとでも失敗すると

放り出してしまうよくないクセがあった。

自分が会社の中で何か失敗したりすると、

恥ずかしくて情けなくて、

その会社の中で働くことがすぐに嫌になっていた。

そんなことも一度や二度ではなかった。

結局、

自分は完璧でなければならないと思っていたわけだし、

周りの人間からどう思われるかに重きを置きすぎていたのだ。

だから、

ちょっとでも失敗すると嫌になってしまう。

それにくらべてひふみんはどうだろう。

どれほど負けても、

それも歴史的な敗戦数でも、

恥ずかしがるわけでも屈するわけでもなく、

現役を続けてきた。

だからこそ、

輝かしい記録(=成功)があるわけだ。

ひふみんにとって、

他人がどう思うかなんて、

どうでもよかったのかもしれない。

人生の中でつらく苦しいときというのは、

本人にはわかりにくいが、

実は成功のすぐ近くまできているときなのかもしれない。

負けてあきらめてしまう、

それが「真の敗北」だとひふみんは言う。

これは将棋の世界に限ったはなしではないでしょう。

1180敗という途方もない経験。

それでもあきらめることがなかった

ひふみんだからこそ言える、

力強い言葉がある。

このひふみんのツイートは、

公式戦最多29連勝という記録を持っていた、

藤井聡太四段が初黒星を喫した際に、

送った言葉だという。

「敗北」から力強い哲学を生み出し、

自らを鼓舞(こぶ)し続けたひふみんならではの

温かな励ましといえる。

「負けてもいいなんて思ったことはない」

ただし、

ひふみんは負けても良し、

と単純にポジティブ思考をしていたわけではない。

私はすごく立派な将棋を指し、

私も感動する立派な将棋を指してきた。

「今日は別に負けてもいいよと」

思ったことは一回もないんです。

すべて勝つために努力して、

今日まで来た。

この気持ちには、

これからも変わりはないんです。

ひふみん77歳、

現役引退が実質確定(定年規定による)したときに受けた

インタビューの言葉だという。

なんと強い言葉を語れる77歳だろうか。

自分自身がやってきたこれまでの仕事を、

なんら否定することなく誇りに思い、

すべては勝つためにやってきた自分を讃えいたわる。

なかなかできることではないと思います。

本当に悔いなく全力で生きてきたからこその言葉。

かっこいい。

2017年6月20日午後8時10分、

ひふみんは、

最後の対戦相手となった高野四段に対し投了を宣言し、

62年10ヶ月にも及んだ現役生活に終止符を打った。

その後、

通常行われる感想戦(対局の際の良し悪しを検討する)を行うことなく、

ひふみんは、

黙って将棋会館を後にしたという。

これに関し、

ひふみんは翌日にこう言っています。

「いちばん最初は家族に報告したかったから」

それもそうなんでしょうが、

本当のところは、

最後の最後まで勝ちにこだわったからではないかと思います。

これまで勝ちにこだわってきたからこそ、

悔しくて感想戦を行うことができなかった。

ひふみんの引退が決まったその晩、

ひふみんの気持ちを代弁するように

SNS上にはたくさんのあたたかい言葉がひろがった。

最後の最後まで

真剣に勝ちにこだわったからこそ、

63年も続けられたのだ、と。

「私から闘いを取ったら何が残るといえよう。

勝負師である限り、

命が尽きるまで勝負に明け暮れるのが棋士のさだめだ」

(『ユリイカ』2017年7月号)

ひふみんは、

まさにその言葉を有言実行した。

ひふみんは、

対局に当たっての環境に

ことのほか厳しかったことで知られている。

対局する旅館のなかに人工の滝があれば、

気が散るからといって止めさせ、

寒ければ、

自分でストーブも持ち込んだ。

何日もかけて泊まり込んで対局することもあるわけだが、

そんなとき用意された部屋が騒音などで問題があれば

変えさせたという。

エアコンの設定温度も自分の希望通りにさせようとこだわり、

将棋盤を置いてある位置をめぐって対戦相手ともめたこともある。

神経質そうにみえず、

おおらかで天真爛漫に思えるひふみん

そのことについてこう言っている。

「ストーブにしろエアコンにしろ盤の位置にしろ、

どっちでもいいじゃないかと思われるかもしれない。

でも、

勝負師としてそこで譲ってしまってはいけない。

自分の主張を通そうとするのは

『絶対に勝つんだ』

という強い意識の表れで、

引いてしまったら上下関係が決してしまう」

(加藤一二三『将棋名人血風録』)

何があっても勝つ。

そんなひふみんの強い気持ちが

痛いくらい伝わってきます。

それにしても

この持続しみなぎる闘志は、

すごいですね。

「私はひと口に闘志といっても、

闘志にはいろいろあると思う。

将棋の場合でいうならば、

対局するにあたって、

人に負けまい、

という闘志と、

将棋を深く研究したい、

という未知なるものに挑む闘志である」

(『中学コース』1957年6月号)

これはひふみんが高校三年生(17歳)のときのもの。

中学生の時からプロ棋士として活動しているわけだが、

若干17歳にして、

この気迫はなかなか真似できないだろう。

惰性で何かに依存して生きるのではなく、

17歳にして、

自分が何をすべきかが明確に見えている。

最後の最後まで、

闘志を絶やさなかったひふみん。

そうはいっても、

弱気になったり、

アクシデントはあっただろう。

そんなときひふみんは、

どのように自分をコントロールしていたのだろうか?

加藤一二三を支えた妻・紀代さん

とっても幸せそうな感じがするひふみんご一家。

みんなでいっしょに何をみつめているんでしょうかね。

というツイートにあるように、

ひふみんの妻・紀代さんとの出会いはなんと中学時代。

当時中学生ながら史上最年少棋士となったひふみんは、

大忙し。

そのとき同級生の紀代さんが

授業ノートを届けていたようです。

それが縁となり、

お二人は1971年に結婚されています。

実はひふみんのご家族のことは、

あまり詳しいことはわかっていません。

もちろんお相手は一般の方なので、

それは当然ですが、

勝負事の世界に長く身を置いたひふみん

どのような関係であったかは気になるところではあります。

闘志に満ちあふれたひふみんだって、

負けが続いたときもあれば、

何かストレスを感じるようなこともあったかもしれません。

先ほどのツイートにもありましたが、

ひふみんと紀代さんは今に至るまで、

仲良しだと言われています。

紀代さんには、

こんな逸話が残っています。

「勝負に勝ったときは放っておいていいけど、

負けたときは優しくしてあげて」

これは、

結婚する際に紀代さんのご友人からもらった

アドバイスと言われています。

そのご友人のアドバイスを

紀代さんは、

もちろんたいせつにされたでしょう。

また、

林真理子さんとの対談で

ひふみんはこう語っています。

 

ひふみん:私が対局を終えて、

自宅に帰って「負けた」と言うと、

妻は自分のことのように

「次は頑張ろう」と思ったのだそうです。

妻が落ち込んでいると私もつらいですけども、

「次は頑張ろう」という気持ちを

妻が持ち続けてくれたことはありがたいですよね。

林真理子:「素晴らしい」としか言いようがありません。

ひふみん:あるとき妻から

「あなたは棋士なんだから、

どんなことがあっても

いい将棋を指さなければいけない」

と言われたんです。

才能はそこそこあるわけだから、

「よし、名人になろう」と思って頑張りまして、

ついに42歳で名人になったんです。

良いお話ですね。

妻の紀代さんの支え合っての

名人だったんですね。

ひふみんは、

「どんなことがあっても

いい将棋を指さなければいけない」

という紀代さんの言葉通りに生きた

といってもいいんじゃないんでしょうか。

その紀代さんの言葉を

大切にされていたと思います。

紀代さんの優しさが、

ひふみんの燃え尽きることのない

闘志をを支えたのでしょうね。

さて、

ひふみん夫妻は、

4人のお子さんに恵まれています。

なんと4人ともミッション系の名門大学である

上智大学を卒業されているようですよ。

加藤一二三を支えた宗教

ところで、

ひふみんというと

熱心なキリスト教信者であることが有名です。

やはり、

こちらは厳しい勝負の世界に身を置くひふみんにとって、

ときには辛いときもあったのかもしれません。

あれは30歳になる手前頃でした。

当時は、

自分の将棋に行き詰まりを感じていまして、

棋士として脂の乗る指し盛りの年齢にもかかわらず、

勝負は五分五分。

棋戦優勝やタイトル戦からも遠ざかっていました。

と語るひふみん

どうやら、

30歳手前にスランプのようなものが、

おとずれたようですね。

 その頃は将棋仲間からも

「加藤の将棋はつまらない」

などと言われていましたね。

このままではいけませんから、

何とかこの状況を打破しようともがいていました。

その頃には

「将棋とは何か?」

という根源的な何かを追い求めていましたね。

あの「神武以来(じんむこのかた)の天才」

と言われたひふみんでも、

まわりからそのように言われるときがあったのですね。

このままではいけないと「根源的な何か」を求めてゆく

ひふみん

将棋の本質を突き詰めていくと

「将棋とは偶然に勝つものではない」

「確かな手、

つまり最善手を積み重ねることで

必ず勝つことができる」と、

その答えを掴むことができました。

その頃から、

人生においても「確かなもの」を

求めるようになったのですね。

将棋にもあるのだから、

人生にもあるだろうと。

自らがすべてをささぐ将棋世界においては

最善手を積み重ねることによって勝利できるという

「確かなもの」

がある。

だから人生にもそういった確かなものが

あるのではと考えたひふみん

ひふみんというと、

自由奔放で天真爛漫なイメージがあり、

どちらかというと、

直感的な行動の仕方をしているのではないかと

勝手に思っていましたが、

結構、

論理的に本質的に考える人のようですね。

そんなふうに考えているときに出会ったのが、

キリスト教だったという。

もともとひふみんは、

クラシック音楽など西洋の芸術に

造詣(ぞうけい)が深かったという。

当然、

西洋の芸術は、

キリスト教との関係が強いこともあり、

キリスト教そのものには親しみがあったという。

そして、

1970年12月25日に

ひふみんは下井草カトリック教会で洗礼を受けた。

洗礼を受け、

確信を得た私は将棋にも迷わなくなった

という。

それまでに感じていた迷いは飛んだようです。

神が直接私に語りかけることはないけれど、

「誠心誠意、一生懸命考えて指せばいい」

という結論を得ることができました。

対局中は、

神の思し召しを感じることもあったというひふみん

対局前は必ず聖歌を歌い、

聖書を読み、

神に祈ってから試合に臨んでいたそうです。

また対局中も相手に聞こえるように

聖歌をハミングで歌っていたと言われています。

対局の合間にミサに参加するため、

でかけていったこともあるという。

そんなひふみん

1986年にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世から

「聖シルベストロ教皇騎士団勲章」を授与されている。

これは、

カトリック教会の活動に貢献した一般の方を

顕彰するためのもののようで、

作家の遠藤周作さんなんかも受章されていますね。

キリスト教という支えが、

63年にも及ぶひふみんの現役生活を

支えていたことだけは、

間違いないようです。

加藤一二三が教える強く生きるコツ

菅田将暉に似てると噂の若き日のひふみん

うーむ。

さて、

まとめていきましょう。

バラエティー番組でもでも大人気のひふみん

また数々の伝説的な爆笑エピソードをもつひふみん

でも、

今回焦点を当てたのは、

ひふみんの本業、

プロ棋士としての生き様でした。

調べてゆくなかで、

一言で言うならば、

ひふみんというのはものすごくタフだなあ、

と思いました。

だって、

強い緊張に支配されるはずの勝負事の世界において、

63年にも渡り現役を続けられたというのは

すごいことだと思いませんか。

本当に偉業というほかないです。

一つの仕事を60年以上続けられる人は

なかなかいないのではないでしょうか。

将棋の世界だけに熱を込めて、

ひとつのことを続けてきた

人間だからこそ見えたものがあるはず。

そう思って、

ひふみんを調べていると、

「敗北」というものに

大きな意味を見いだしていることに気づけました。

先ほども見ましたが、

「敗戦を経験し受け入れることで確実に強くなれる」し

どんな逆境にあっても希望を見いだすことが大事だと

ひふみんは言っていました。

そしてこう続けます。

残念なことに、

世の中には一時的な『負け』を引きずり、

成功の一歩手前で

あきらめてしまう人がとても多いように感じます。

私は将棋の世界で日本一「負け」を

積み重ねてきたひふみんが

言いたかったのは、

「負け」という現象に負けるなということだと思う。

わかりにくいと思うので具体的に表現します。

例えば何かの試験に落ちたとします。

「試験に落ちた」という事実に関しては、

どうすることもできません。

不合格はどこまでも不合格です。

しかし、

「試験に落ちた」という現象(事実)に対し、

どう思うかは自分で選ぶことができるのです。

「試験に落ち」て、

もうダメだぁ~とふてくされて投げ出すこともできれば、

何がいけなかったのかを分析し、

どうやったら合格できるかと考えることもできます。

つまり、

現実というのは、

自分の心のあり方が作っているんだよ、

ということをひふみんは言いたかったのではないかと思います。

人生の中で起きてしまった事実は変えられない。

でも現実は自分の望む方向にいくらでも変えられる。

「敗北」と思える経験がなければ、

自分の人生は動き出さない。

「敗北」という経験がなければ、

自分の意思で人生をつくっていこうという気持ちになれない。

「敗北」という一見よくなく思えるきっかけがあるからこそ、

自分の人生が動き出す。

「敗北」をいかに解釈するかが、

人間としての器を決める。

そしてその逆境を乗り越えれば乗り越えるほど強くなれる。

だからひふみん

「大切なのは、いかなる逆境の中、

挫折感や敗北感に打ちひしがれるようなことに

出くわしたとしても、

けっして『希望』を捨てない不撓不屈の精神」

なのだと強調

するわけです。

ひふみんは、

「敗北」という現象を深く考え、

そこから多くを学び、

多くの記録的な成功を成し遂げたわけです。

「敗北」の持つ本当の価値を

どうか知って欲しい。

そんな意味も込めて

ひふみん

メッセージを発しているように思えます。

これは、

連勝に次ぐ連勝で注目された藤井聡太七段が

初めてプロとして負けた際に送った言葉でした。

勝負事の世界で生きるひふみんにとって、

「敗北」

ということは避けられないことでした。

けれどもひふみんは、

その「敗北」がなければそもそも人生は始まらないし、

強く生きることはできない

と考えたのです。

ひふみんがすごかったのは、

「敗北」から得られるものを

何から何までそれこそ良いも悪いも含めて

味わい尽くしたことです。

その結果として、

あんなにも自由奔放に

真の意味で自分らしく生きることが

できたのではないかと思います。

ひふみんが教えるてくれる強く生きるコツは、

負けたとか、

もうダメだと思えるような経験を、

悪い意味で解釈しないということになります。

負けという経験を悪かったり辛く思ったりるのは、

単にその経験をした当人が

勝手にそう解釈しているに過ぎないということです。

その解釈は

往々にして世間的な価値観で判断されているのです。

例えば、

○○大学に入って、

△△商事に入ったら人生成功だ、

みたいなもの。

世間の目や常識に屈することなく、

自分の感性を大切にして生きていって欲しいと

ひふみんは願っているのです。

ひふみんが自分に素直に生きた結果として、

その副産物として、

数えきれぬほどの

爆笑伝説が生まれたのです。

ひふみんはいつだって本気なのです。

自分に忠実に素直に、

空気なんかよまず、

自分がやりたいことをやっているだけです。

世間的には、

そういった振る舞いは自己中心的と思われるかもしれない。

それでも闘志をもてと

ひふみんは言う。

「ストーブにしろエアコンにしろ盤の位置にしろ、

どっちでもいいじゃないかと思われるかもしれない。

でも、

勝負師としてそこで譲ってしまってはいけない。

自分の主張を通そうとするのは

『絶対に勝つんだ』

という強い意識の表れで、

引いてしまったら上下関係が決してしまう

誰かのためではなく、

自分のために生きろ。

そうしなければ人生は始まらない。

遠慮するなやっちまえ。

ひふみんはそう励ましてくれているのです。

そんな風に生きているからこそ、

ひふみんには

えもいわれぬ魅力があるのでしょう。

最後までお読み頂き、

ありがとうございました。

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