芸能界の不動産王?樹木希林の自宅を設計した建築家は?間取りは?

今回は、

今年(2018年)九月に亡くなられた

樹木希林さんのおしゃれなご自宅と、

樹木さんが不動産王の異名をもつわけなどについて

まとめてゆきたいと思います。

樹木さんは大女優でしたし、

旦那さまの内田裕也さんもいろんな意味でご活躍、

娘婿の本木雅弘さんはもちろん、

娘さんの内田也哉子(ややこ)さんも、

お孫さんも芸能の世界で活躍される華やかな芸能ご一家です。

気になるのは、

どのようなご自宅で、

樹木さんはどちらにお住まい

建築家はどなたなだったのでしょうか?

また、

樹木さんが不動産王といわれるのはなぜか?

不動産投資の実態や不動産収入はどうなのか?

といったことについて

書いてゆきたいと思います。

樹木希林の自宅について

こちらが樹木さんが暮らしていたご自宅の外観のようです。

娘婿の本木雅弘さんのご家族も同居される二世帯住宅。

総工費は7億円以上といわれています。

プライバシーの配慮からか、

かなりの高さの壁ですね!

重厚感や威圧感も感じますが、

シンプルで洗練されていてかっこいいですよね!

中が気になりますね。

樹木希林の自宅が「ぴったんこカンカン」で公開

樹木さんのご自宅の様子は、

2018年の5月4日に、

安住紳一郎さんがMCを務める

「ぴったんこカンカン」(TBS系列)において、

2時間の特番として放送されました。

東京・渋谷にある豪邸を訪ねた安住アナ。

さっそく坪数を尋ねると120坪ほどの敷地面積に

「ウチが使っているのは45坪くらい」

と樹木。

言うまでも無いですが、

樹木さんのご自宅は東京の超一等地です。

バブル期には、

1坪1000万円以上はしたといいます。

芸能界の不動産王(あとで書きます)の樹木さんは、

バブルがはじけたときの底値で、

このご自宅の土地を買ったとされています。

樹木さんのご自宅があるあたりは、

今(2018年12月)で1坪500~600万円くらいのようですが、

その半値ぐらいの時に土地を購入されたようです。

さすが不動産王です。

マリア像のステンドグラスがはめこまれている扉の先には、

夫・内田裕也の部屋が。

シャワールームも完備しているが、

内田は一度も使用したことがなく、

安住は入り口のマリア像を見て

「懺悔室みたいですね…」と感想を述べた。

43年にも及ぶ長すぎる別居生活を送った樹木さんと裕也さんですが、

樹木さんはきちんと裕也さんのお部屋を用意しといたんですね。

そういえば、

樹木さんは別れて暮らす旦那の裕也さんに、

「そろそろ帰ってこられたらいかがですか?」

と尋(たず)ねたことが何度かあったという。

すると裕也さんは、

「冗談いうな、無理にきまってるだろ!」

といったような言葉を返したといわれています。

ほんとうは仲良しなんですけど、

あえて離れて暮らすのが、

お二人にとっての夫婦円満(?)の秘訣(ひけつ)だったのかもしれません。

樹木さんは、

冗談ではなく、

ほんとは裕也さんに帰ってきて欲しかったんじゃないかな、

という気が私はしますけどね。

そのあたりの樹木希林さんと内田裕也さんの関係については、

ちょっと長いんですが、

よろしければこちらを↓

樹木希林と内田裕也の関係、別居43年でも離婚しなかった理由

実は仲良しなお二人だったと私は思います。

話を樹木さんのご自宅の中に戻します。

「(安住さんが樹木さんのお宅のFAXを見て)これが噂の!」

と驚いた安住アナが、

「樹木さん、芸能事務所に所属してないので

お仕事の依頼は全部これで!?」

と改めて訊(たず)ねると

「そう、基本料金1820円くらいだけ、毎月」。

仕事の依頼は留守番電話のメッセージと

FAXで受けているそう。

また、留守電の再生メッセージがおもしろいと

聞いていた安住アナ。

タイミングよく再生されると

「過去の映像等の二次使用はどうぞ使ってください」

というアナウンスが流れた。

樹木さんが、

芸能事務所に所属していなかったことは有名です。

私はそれを知ったときほんとうにびっくりしました。

だって大女優じゃないですか。

マネージャーもいない。

自分で車を運転して移動されていた。

そうそう。

娘婿の本木雅弘さんは、

樹木さんが亡くなられてから、

体調が悪いなか樹木さんが自分1人で運転されることを

心配してヒヤヒヤしていたと話されていました。

樹木さんが亡くなるわずか前ですが、

映像で自ら運転する樹木さんの姿を見ましたがかっこいいですね。

なんか運転手付きの高級車で、

後部座席でふんぞり返るわけじゃなくて、

自分で運転しているところが、

ほんと樹木さんらしくていいです。

カーマニアといってもいいくらいの樹木希林さんが

晩年をともに過ごした愛車はトヨタオリジンでした。

丸目がキュートなトヨタ1000台限定の高級車でした。

さて、

さぞお仕事のスケジュールなどお忙しいに違いないのに、

仕事の依頼は、

FAX一台で自分で処理されていたというのだから驚きです。

仕事はFAXで来た順に「はやいものがち」だったなんて逸話もあります。

「過去の映像等の二次使用」はご自由に、

というところが、

過去にとらわれることのない性格で、

無駄を嫌った樹木さんらしいなあと思いますね。

どうとでも好きに使いやがれ、

といったとこでしょうね。

さてご自宅に戻りましょう。

続いて、

キッチンやリビングなどを見て回り、

安住アナは

「華やかな芸能界を生き抜いて、

このなんか落ち着いたアンティークの家具と、

この茶色に囲まれて生活している感じってかっこいいですね」

と感心しきり。

無機質に思わせる外観に対し、

中は明るい茶系のアンティークの家具に囲まれて

暮らされていたようですね。

和室も素敵ですね。

特にこの奥に見える襖(ふすま)が、

私は素敵だなと思います。

いかがでしょうか。

渋い味わいの全体のなかに、

ハッとするようにあざやかな青がいいですね。

枯れた蓮(はす)、

蓮の再生がモチーフになっているようです。

美しいです。

これは、

樹木さんのお友達である木村英輝(キムラヒデキ)さんが

描かれたものだそうです。

木村さんは、

絵師としてだけでなく、

日本のロック黎明期(れいめいき:新しい何かが始まろうとしている時期)に、

オルガナイザー(組織のまとめ役)として

数々の伝説的イベントをプロデュースもされていたそうで、

内田裕也さんともご一緒にプロデュース活動をされているようです。

そんなロックな木村さんですが、

国内外に180カ所も壁画を描かれているそうで、

京都でも名高いお寺である青蓮院門跡(しょうれんいんもんぜき)

の襖絵(ふすまえ)を描かれたことでも有名です。

大胆であざやかな色彩。

印象がシャープで、

力強いエネルギーのようなものを感じますね。

樹木希林の自宅の住所は?渋谷?青葉台?南平台?

さて、

樹木さんのすてきなご自宅の中を見てきました。

では、

その豪邸はどちらにあるのでしょうか?

どうも調べていますと、

富ヶ谷(東京都渋谷区)、

青葉台(東京都目黒区)、

南平台(東京都渋谷区)、

などいろんなウワサが出てきますが、

いずれも渋谷のご近所の地名です。

樹木希林さんの自宅住所や場所については

様々な噂が流れています。

先のぴったんこかんかんでは

「渋谷区代官山近くの住宅街」

と紹介されていましたが、

ネット上では目黒区青葉台ではないか?

といった意見も見られました。

どちらも近くですから間違いとは言えませんが、

樹木希林さんの自宅の正確な住所は渋谷区南平台町。

マレーシア大使館の近くです。

との有力な情報がありますので、

樹木さんのご自宅は、

渋谷区南平台といったことになりそうです。

南平台町は、

渋谷駅がほど近く、

渋谷といえば、

派手な商業施設が乱立している地域です。

そんな渋谷ですが、

ほんの少し中心から離れて路地の中に入ると、

閑静な高級住宅街になり、

住む環境としては申し分なそうな立地です。

樹木希林の自宅がレストラン?

樹木希林さんの自宅がレストランという情報があります。

どういうことでしょうか?

どうやらさきほど見た、

渋谷区南平台のご自宅の前に住んでいたのが、

港区西麻布にあったようで、

そちらの建物をそのまま利用されているようです。

それが、

フレンチレストラン「エピスカネコ」です。

日比谷線・六本木駅から徒歩7分ほどの場所にある

「エピスカネコ」。

実はこの店、

もともと樹木希林さんが住んでいた場所で、

樹木希林さんが大家さんを務めているという所有物件。

樹木希林さんが引っ越しをする際、

知り合いの金子和男シェフが

店舗物件を探していたことを知り、

自宅だった建物をレストランとして営業することを提案。

といったことにより、

樹木さんの以前のご自宅がレストランになったようです。

このレストランですが、

なんと建物の内部は、

樹木さんが住んでいたときのままのようです。

レジを置いている大きな家具も樹木希林さんが使っていたもので、

コンクリート打ちっぱなしの壁やブロック、

黒い床も当時住んでいたそのままの状態。

今でこそコンクリートむき出しの壁は珍しくありませんし、

無機質で都会的なイメージもあります。

しかし、

建築した昭和51~2年当時は奇抜だったようで、

完成後に税務署が来て

「内装でもっと良くなりますよ」と心配されたほど。

打ちっぱなしのコンクリート。

樹木さんは、

先見の明があったようですね。

さすが不動産王。

生前の樹木さんは、

もちろんこちらの「エピスカネコ」でお食事をされていたようです。

自分が以前に住んでいた

内装も特に変わらぬ建物のなかで、

一流シェフが腕をふるったフレンチをいただくというのは、

ちょっと一般人には想像がつかない経験ですね。

こちら「エピスカネコ」の金子シェフは、

建物の屋上で野菜を自ら栽培しているそうで、

その西麻布産の野菜を使った料理が評判のようです。

樹木希林の自宅の間取りは?

樹木さんのご自宅の間取りはどうだったのでしょうか?

樹木希林さんの自宅の間取りは、

二世帯住宅だそうです。

一階が樹木希林さんの自宅、

二階は娘さん夫妻の自宅だったそうです。

二世帯住宅で、

一階が樹木さんと全然居つかなかった内田裕也さん夫妻専用で、

二階が内田也哉子(ヤヤコ)さんご家族のお部屋だったようですね。

一階と二階はエレベーターでつながっていたそうです。

間取りとしては、

先ほどご紹介したかっこいい襖のある和室が12畳。

ほとんど使われないため

お孫さんが使われているという

裕也さんのお部屋(シャワールーム付き)。

樹木さんの寝室(風呂付き)。

裕也さんが2011年にストーカーの容疑で逮捕された際に

記者会見にも使われたミーティングルーム。

といったところのようです。

樹木希林の自宅の家具は?

和と洋が絶妙に混ざりあい、

シンプルで無機質な外観に対し、

室内は、

落ち着いた明るい茶系のアンティーク家具で

あたたかみを感じさせるように統一されている。

樹木さんは、

「フィンランドの白夜(びゃくや)のような

木漏(こも)れ日の中での生活」

というイメージを持たれて

家を作られたようです。

素敵なイメージですね。

大変なお仕事をされて帰ったときに、

ご自宅がホッとできる空間であったことは、

なんとなく伝わってきますよね。

樹木希林さんはインテリアにもこだわっていて、

アンティークショップで購入した、

イタリアで使われていた扉がお気に入りだったそうです。

樹木希林さんの自宅の内観は、

大きな窓を設置して自然光を取り入れていたり、

暖かい色味の電球を好んで使用していたそうです。

残念ながら、

そのイタリアで使われていた扉の画像は見つからなかったのですが、

その扉を購入したことが、

家のイメージを決める指針になった

といいます。

実は樹木さんは、

決して金にものを言わせて、

高級家具(なかにはあったでしょうが)を買い集めて

部屋に配置しているわけではないようです。

ちょっとした工夫で家は生きる

ということを樹木さんはテレビ番組のなかで、

おっしゃってたようですが、

何らかの賞でもらったトロフィーをそのまま飾っておくのではなく、

そのトロフィーを電気スタンドに変えたり、

拾ってきたものにすこし手を加えて、

いきいきとした家具に再生させたりしていたようです。

また、家具はほとんどがもらいものであったようです。

俳優で演出家の平幹次郎さんにもらったテーブルセット、

『週刊新潮』創業メンバーの草柳大蔵さんからもらったソファー、

本木雅弘さんがおくりびとのときに

ルイヴィトン社長からもらった

ルイヴィトンのトランクといったもらい物が多数。

といったところかもわかりますように、

単にお金を使って作り上げた豪邸といった感じではなく、

手作りした家具や頂いた家具を効果的に配置した、

樹木さんの工夫に満ちた、

あたたかな空間であったようです。

なお、

娘婿の本木雅弘さんがインテリアや設計に関しては、

いろいろアドバイスされていたようですよ。

樹木希林の自宅を設計した建築家は?

この不思議なかたちの建物を

見たことがある方もいるのではないでしょうか?

これは実は上野動物園近くの交番です。

この建物を設計した建築家の黒川哲朗さんが、

樹木さんのご自宅を設計されたのではないか、

という情報が多く上がっていますが、

ほんとうでしょうか?

実はさきほどご紹介した、

西麻布の「エピスカネコ」の旧自宅ですが、

こちらに関しては、

間違いなく黒川哲朗さんが設計されています。

やはり樹木希林さんのご自邸を設計したのは黒川哲郎さんで間違いありませんでした。

(中略)

掲載誌も教えてくださったので書いておきます。

GA HOUSES 14 1983

都市住宅 1979 02

新建築  1979 02

ジャパンインテリア 1979 02 (新たに判明・追記)

とありますように、

雑誌の発行年が1979年となっていることからも明らかなように、

旧自宅の完成日と矛盾しません。

最終的に樹木さんが亡くなられた渋谷区南平台のご自宅の完成は、

2001年ですから、

こちらの新しい自宅が建築家の黒川哲朗さんのお仕事によるかは不明です。

もちろん可能性がないわけではないですが、

間違いなく建築家の黒川哲朗が設計されたという証拠のような物は、

ありません。

では、

誰なのかといったことが気になります。

樹木さんほどの人ですし、

高名な建築家が設計されていてもおかしくないです。

そこで調べてみましたが、

残念ながら樹木さんの最後の自宅を設計した建築家の名前は

わかりませんでした。

樹木希林は芸能界の不動産王!?

さて、

ここまでは樹木さんのご自宅について見てきましたが、

ここからは、

芸能界の不動産王といわれる樹木さんの実体に迫っていきましょう。

大女優である樹木さん。

経済的な面での成功は、

言うまでも無いことであるはずで、

庶民は想像もつかない収入であったと思います。

そんな十分にお金があったであろう樹木さんが、

芸能界の不動産王とウワサされるということは、

不動産投資をされ不動産収入を得ているということになります。

ではなぜ、

樹木さんは不動産の世界に手を出したのでしょうか?

その辺のきっかけからみてゆきましょう。

樹木希林の「父と母」と不動産との出会い

樹木さんが不動産の世界に興味を持ったことに関しては、

樹木さんの母・清子さんの存在なくしては語れないようです。

(樹木さんの母である)清子さんは、

戦前・戦後を通して意欲的にカフェやアパート経営、

仕立て屋、料理店などに次々と乗り出す

女性企業家としての顔も持っていたが、

(樹木さんの父である)辰治さんは、

警察官をやめて結婚した後はほとんど働くこともなく、

趣味で始めた琵琶(びわ)の演奏に没頭。

「ヒモとまで言ったらかわいそうだけど、

髪結(かみゆ)いの亭主じゃないけど…うーん、

琵琶を弾いて楽しんでたんじゃない?」

と(樹木さんが言うように)、

「ヒモ」同然の状態であったという。

なお、

樹木さんの母・清子さんは、

樹木さんを産む前に

別々の男性との間に2人の子供がおり

といったことらしく、

女性企業家として波瀾万丈であったようです。

話をさきほどの引用に戻します。

樹木さんの母・清子さんは、

女性企業家としてマルチに事業を展開して、

その中の一つに不動産投資があったわけで、

それが娘である樹木さんに影響を与えたことは間違いなようです。

樹木希林さんの母親は

普請道楽(ふしんどうらく:建物を建てたり修理をする道楽)。

もともとは神保町でカフェを経営していたそうですが、

その後、

池袋でアパートを経営するなど

不動産に手をひろげ始めたそうです。

樹木希林さんの不動産の知識は、

旦那さんとうまくいかなくても生きてゆけるように

と母親から教わったものとのこと。

なるほど、

樹木さんとしては、

万がいち旦那の内田裕也さんと何かあっても、

また芸能界での仕事がうまくいかなくなったとしても、

大丈夫なように、

母・清子さんから不動産の基礎を学んだということのようですね。

ちょっと話が脱線しますが、

樹木さんの父・辰治さんのあり方は、

内田裕也さんと重なるところがあるとしか言い様がありません。

樹木さんが言うには、

父・辰治さんは、

琵琶を弾いて楽しむ「ヒモ」のような存在。

最後の最後まで、

住むところから公共料金や生活費まで

樹木さんからもらっていたという裕也さん。

なんか辰治さん清子さん夫妻と、

樹木さん裕也さん夫妻ととても似たあり方のような気がします。

ただ、

辰治さんはこんな人だったという。

そんな(ヒモ同然の)辰治さんは、

妹の昌子さんが

「母がとことん惚れ込んだご亭主だったんじゃないでしょうかね」

と語るように、

そうした暮らしぶりでありながらも、

人柄は大変優しく、

後に樹木の異父兄姉(イフケイシ)が現れた際にも、

それを快く受け入れ、

我が子のように家へと招き入れたほどの包容力もある人物。

逆に、

そうした夫の存在によって

仕事に専念できた母・清子さんは、

いつでも一家の大黒柱として家を支えた人生であったという。

父・辰治さんは、

裕也さんとはちょっと違って、

包容力のある優しさをもっていたようですね。

樹木さんにとって、

この父と母のあり方が、

その後の樹木さんの結婚観や人生観に

大きな影響を与えていると考えてもいいかもしれませんね。

また、

妹の昌子さんが、

「母がとことん惚れ込んだご亭主だったんじゃないでしょうかね」

と発言されていることも興味深いです。

今回の記事では詳しくふれませんが、

樹木さんも「ご亭主」である内田裕也さんに

「とことん惚れこん」でいたと私は考えているからです。

樹木さんと内田さんの関係について詳しくはよろしければこちらを↓

樹木希林と内田裕也の関係、別居43年でも離婚しなかった理由

ここまで樹木夫妻と樹木さんのご両親のあり方が重なってくるとは、

なんともいえない縁の力や遺伝子のなせる技のような不思議なものを、

勝手に想像してしまいます。

すいません、

話がそれましたが、

要するに、

樹木さんが不動産に興味をもったきっかけは、

万が一に備えて、

不動産投資をすでにされていた母・清子さんから

教えてもらっていたということになります。

のちに樹木さんは自分で、

不動産は独学で学んだと言ってますが、

とにかく母・清子さんの影響があったことは確かですね。

樹木希林の不動産投資と不動産収入

では、

不動産王と言われた樹木さんの不動産投資や不動産収入について

見てみましょう。

不動産王の異名(樹木さんのこと)もあり、

「『72になって仕事があるのは幸せなことだ』と

内田裕也に言われたんですけど、

私(樹木さん)はそういうとき

『別になくたって、私は家賃収入でやれるもん』

って偉そうに言うんです」

と笑っていた。

そう言い切れるほどの樹木さん。

実際に家賃収入(不動産収入)は、

月に数百万円以上になっていたという。

ええ、樹木さん、

家賃収入で十分にやれますね。

樹木さんの不動産投資に懸(か)ける、

すさまじいエピソードがあるのでご紹介したい。

「希林さんは独学で不動産を学んだそうです。

彼女いわく

『とにかく、自分の足と目で見ることよ』と。

なんでも、

いろいろなところに情報網があって、

いい物件があるとすぐに彼女に連絡がくるそうです。

連絡がくると、

撮影中だろうが収録中だろうが、

お構いなしに見にいくそうですよ(苦笑)。

そのとき、

現場のスタッフに向かって

『あなたたちが私の生活の面倒を見てくれるの?』

と言うのが決まり文句だそうです。

大御所にそう言われては、

スタッフもどうしようもないですよ」

(番組プロデューサー)

マジっすか希林さん!

と言いたくなるようなエピソード。

樹木さんの不動産にかける情熱は半端ではないことがうかがえます、

十分に。

エピソードといえば、

こんなのもある。

まだ(笑福亭)鶴瓶と樹木さんが共演する前のこと。

鶴瓶が大阪に一軒家を建てたばかりの頃。

その噂を聞きつけた樹木さんが、

鶴瓶宅を突然ひとりで訪問。

ぐるっと家の中を見て帰っていったそうだ。

樹木さんが“物件を見ることが好き”

ということは有名だが、

プライベートに突然訪問されるとは

さすがの鶴瓶でも予想できない展開だった。

樹木さんが訪問した際、

ちょうど鶴瓶は不在。

後に共演する機会がありその話をすると、

開口一番、

樹木さんは「そうなのよ、土地の安そうな家だった!」

と言っていたとか。

他にも

「広い家だけどみんな固まって生活してるんでしょう」と、

いろいろと分析されていたそうだ。

アポなしで

まだ共演もしたことがない人の家にいくって、

どういうことですか!

希林さん。

すごいですね。

「土地の安そうな家だった!」

という発言も破壊力抜群ですね。

樹木さんと家族同然の付き合いをされたという浅田美代子さんは、

樹木さんから多くの不動産に関するアドバイスを

もらっていたことは有名です。

浅田美代子さんのご自宅や樹木希林さんとの関係ついては

よろしければこちらを↓

浅田美代子と遺作映画「エリカ38」で共演した樹木希林の関係は?

だいぶ前(2011年)になりますが、

オセロの中島さんがいわゆる洗脳騒動で取り上げられましたが、

その中島さんの住むマンションのオーナーが

本木雅弘さんであったことは有名。

実際に本木さんは、

家賃滞納をした中島さんを提訴している。

が、

一説には、

そのマンションは樹木希林さんのものではないかという話もある。

実はあのマンション、

本当は義母の樹木希林さんのものだって話ですよ。

世間的には、

彼女が勧めてモックン(本木雅弘)が買った、

といわれていますけどね。

いずれにせよ、

樹木希林が不動産王であることは、

まちがいなさそうだ。

そういえば、

樹木さんが入院中に、

お見舞いなんか持ってこなくていいから、

不動産のチラシを持ってきて!

と言ったそうである。

不動産王!樹木希林の自宅に関するまとめ

それでは今回のまとめです。

TBS系列の「ぴったんこカンカン」等によって、

お宅の中が明らかになった。

樹木さんのお宅は、

渋谷区南平台町にある総工費7億円といわれる豪邸。

しかし、

ただお金を湯水のごとく使っただけの悪趣味な家ではなく、

家具はほとんどがもらいものであったり、

樹木さんが自ら家具を手作りするなど、

樹木さんの工夫に満ちた温かなお宅である。

間取りとしては、

内田裕也さん専用の部屋も用意されていた。

港区西麻布にある

建築家の黒川哲朗が設計した樹木さんの自宅は、

現在フレンチレストラン「エピスカネコ」として使われている。

最後の住まいとなった娘婿の本木雅弘さんと

その家族が暮らす家の設計者は不明

樹木さんはマニアともいうべき不動産好きで、

芸能界の不動産王の異名をもつ。

樹木さんは、

万が一何らかの理由で、

女優としての収入が絶えたり、

旦那の内田裕也に何かあった際でも大丈夫なように

不動産投資を始めた。

芸能界の不動産王という異名に恥じぬ

不動産投資を行っているようで、

ひと月あたりの不動産収入は

数百万円ということです。

以上です。

最後までお読みいただき、

ありがとうございました。

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